【柔術みちしるべ ~技風~】

【技風】

 最近、文武塾の生徒さん同士でペアになって稽古している様子を見ていて、だんだんと私と技の風格が似てきたなぁと感じることが増えてきました。

 私が初めて自分の演武を客観的に見ることができたのは、師範許可取得後に初めて出席した愛知での全国師範大会の演武会を撮影した映像をDVDでいただいたものを視聴したときでした。

 自分で思っていた以上に「なんだかんだで中村先生に雰囲気がかなり似てるなぁ」と感じたのがなつかしいですが、それからずいぶん後に師匠中村泰峰先生のそのまた師匠の星幽峰先生の晩年の演武映像をみる機会があり、そのときは「中村先生とおんなじだ!」とびっくりすることになりました。

 師匠はよく「私が教えているのは星先生の技だからね」とおっしゃっていましたが、星先生の演武映像をみてようやくその実感が湧きました。

 星先生は戦中・戦後は八光流柔術の名手として知られていた先生だそうですが、晩年の映像でも80歳を超えた年齢とは思えないキビキビとした動きで、一息で長竹を切り割っているかのようなキレと烈しさの見事な業前でした。
 似ているとはいえ、孫弟子の代になってずいぶんスケールダウンしてしまったなぁ……。となんだか申し訳ない気持ちになってしまったのを思い出します。

 師匠からは星先生の古い技しか習っていなかったので、後から現行の技を全部あらためて一から学びなおすなどと苦労も多いのですが、自分がなにがしかのものを受け継いでいるという事実は心強くも感じます。

 そして文武塾の生徒さん達が素直に熱心に学んでくださるお蔭で私が受け継いだものを少しずつ共有してくれていることを嬉しいと思うと同時に、時々はっとして肝を冷やす思いをすることがあります。

 それは自分に技が似てくるうちに、自分と同じような不得手な内容(大らかにゆったり伸びやかに動くこと等)まで似てくるということです。

 できるだけそのようなことが無いようにと、現行型も怠らずに学び、今も良き先生・諸先輩方に博く学ぶよう努めているつもりですが、まだまだ至らないところがたくさんあります。
 また自分自身では改善できてきていることでも、伝えるにはまだまだ技量不足で上手く示せないこともありますが、あせらずあきらめずに根気よく技量向上に努めていくしかありません。

 一介の修行者としては得意や個性があるのは好ましいこと。しかし指導者としては苦手や不得手・不得意があるべきではないと考えています。

 型であれ術理であれ身体の使い方であれ、自分の好む得意なことだけやっているだけでは武道の師範という指導的立場としては不足なのではないか?と思います。

 言うは易しで実際にすべてを偏らずに高い水準に達するのは至難のことでしょうが、そこを目指してこそ、マンネリや増長の悪癖に陥らずに向上していけるのではないでしょうか?
 そうして総合的に満足にできるようになったところに、師伝の技の風格が上乗せされれば、またさらに面白味や向上の楽しみがみえてくるのではないかという気がしています。

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テーマ:武道・武術 - ジャンル:スポーツ

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