雑記 武道と舞踏

 先日の10月8日、ご縁のあるよさこい鳴子踊りチームのお手伝いスタッフとして仙台の『みちのくYOSAKOIまつり』に行ってきました。

 ところで武道では馴れ合いで技の効いた振りや見た目ばかり立派な稽古をしていると、厳しい先生からは「そんなもん、ただの踊りだ!」という言葉でお叱りを受けてしまうこともあります。

 しかし、本当は踊り・ダンス(舞踏や舞踊)に本気で取り組んでいる人の方が身体や心に真剣に向き合っていて、生半可に馴れ合い稽古をしている武道修行者より身体能力や動作へのイメージの活用能力などが高いということがざらにあります。
 今回お手伝いに行った『よさこい ゆきうさぎ』もそんな踊り子さんたちが多く参加しているチームです。

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 何人かの踊りに真剣に取り組んでいる友人たちから、何度か「踊りと武道にはなにか通じるものがあるのでは?」とか「踊りも武術突き詰めたら一緒になるのではないか?」などと言われたことがありますが、たしかに私自身もそのような気がしています。
 実際 世界中には伝統的な舞踏や舞踊と関わりをもちながら伝承してきた武術や武道が多くあります、それをふまえて考えれば「人間として生まれ持った心と身体の働きを最大限に発揮したい!」という部分で根源が一緒なのではないか?と思えてきます。
 ただ、舞踏や舞踊が熟練していくにしたがってより強く鮮明に感動として観ている者に伝わっていくのに対して、武術や武道は熟練していくにしたがってより繊細かつ巧妙な働きとして相手や観ている者には伝わっているのが察知されにくいものになり、舞踏や舞踊とは真逆の表現に向かっていきます。

 前回の【武道か武術か】でも述べましたが、殺法ありきの虚実の兵法としては舞踏・舞踊とは表現もアピール方法も変わらざるをえないのでしょう。

 ここからが今回の本音ですが、「武道も舞踏も同根なのに、なんで武道は踊りみたいに世間で流行らないのだろうなぁ~」と感じたのが、今回の祭りを観ていてこっそり抱いた感想です。

 みちのくYOSAKOIまつりだけでなく、本場高知県のよさこい祭りにも何度も観に行ったことがあるのですが、よさこい祭りでは本当に熱心で熱意があって輝いている沢山の踊り子さんたちを多く目にすることができますし、高知の祭りではさらに観ている観客や街ぐるみで盛り上がっている感じが本当に凄いものがあります。

 「根っこは同じなのに、なんで武道は世間に広くウケず踊りに比べ愛好者が少ないのか?」←二度目のぼやき・ねたみ

 原因は本当に色々思い当たるし一回では書ききれないし、かといって何回にも分けて考察するのはネガティブの極みに陥ってしまうのでしないことに決めました。
 ただ一般に広く武道に持たれがちなネガティブイメージの大きなことのなかで、「怖そう・辛そう・厳しそう」という三つに関しては、八光流柔術には解消できるポテンシャルが大いにあると思うので、今回みちのくYOSAKOIまつりに関わって、「努力し練習してきたものを発表できる場や機会があるということは大事なのでは!」と感じられたことは収穫でした。

 やはりなにか目標があって、しかも期限があって計画的に取り組む事柄があれば、稽古の動機や楽しみも増えるのではないかと思えました。昇段審査は目標になりえますが、動機といてはまだ弱く感じます。八光流には試合がありませんので試合に勝つとか好成績を出すとかいった目標は立てようがないのですが、なにかしらで演武として稽古の成果を発表できる機会が作れれば、より稽古に面白みが出せるかもしれません。

 人目に触れずに内輪だけでずっと稽古しているよりも、人目に触れる緊張感が出たことで稽古に真剣味が増したという経験が私自身にもあるので、次回以降から少し演武についても考えてみたいと思います。

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テーマ:武道・武術 - ジャンル:スポーツ

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