演武あれこれ1

 八光流柔術における演武について、私は個人的には「演武できる機会に恵まれたなら、遠慮せずに積極的に演武したほうが良い」と考えています。

 考え方は人それぞれなので、「人前で見せる技量ではない」と謙遜されるかたもいれば、「武術を人前で見世物のようにやりたくない」と嫌うかたもいることでしょう。

 先日ある居合道の最高段位の先生からお話を伺う機会があり、「祭りでもなんでも良いから、恥を掻いてでも人前に出て緊張のなかで演武する経験をたくさん積まないと上手くならない」と言われましたが、私も根本的に同じ考えをもっていましたので、我が意を得た思いがして勇気づけられました。

 私自身は八光流柔術を人前で演武したのは師範許可式当日の検定演武が初めてでした。
八光流転向前の流派では2回ほど演武したことがありましたが集団演武でしたので、『自分が主役』という演武は八光流師範になるまでまったく経験がありませんでしたが、以後は演武の機会毎に演武させていただけるようになりました。

 人前で演武を披露するということは、八光流修行者の前に限らず門外漢や素人さんの前であっても自分の業前を評価の対象として晒すことなので、独特の緊張感が毎回あります。
 私は以前、故人となられた名人の先生から「演武では同じ技ばかり毎度するなよ」と訓戒されたことがあるので、毎回得意な技以外にそれまで演武したことのない技や課題として取り組み中の技を一手か二手は構成に入れるようにしているのですが、そうすると独特の緊張感のなかでは普段の稽古ではありえないケアレスミスなどをやらかすことがありました。
 課題錬成中の技のミスに限らず、得意だとしていた技でも課題に気づかされることが多々あります。
 これらは道場内で慣れた環境と慣れた面子の間でだけ稽古しているよりも、解決すべき課題としてもっともっと直接かつ強烈に動機づけされました。以後の稽古の指針を確立できた意味でも収穫は大きかったですし、上達の促進にもとても役立ったと思います。

 また人前で演武するということは、流派の技に責任感を持つということでも大事なことだと感じます。

 人前で業前を披露するのには勇気が必要かもしれませんし、また誰だって恥は掻きたくありません。ですがそれを恐れずに機会に恵まれたなら「恥を知るは勇に近し(『中庸』より)」の心意気で演武に臨んでみてほしいです。絞った勇気に見合った価値の学びがきっとあることと思います。

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テーマ:武道・武術 - ジャンル:スポーツ

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