読書と武道

 八光流柔術初代奥山龍峰宗家の皇法医学の師、平田内蔵吉(了山)はその著書『看護の友』において、「(前略)かくの如く先づ形を正し後、自然に精神を養って行くのが日本武道の根本的方法であった。故に武道の修練と學とは些かも背く處なく、讀書と研武は一もつて貫かれてゐたのである」と言っています。

 文脈上、急に読書と研武は一つだと主張されるので、「えっ!?」となってしまうのですが、平田師が武道に読書と同一のものを見出していたという主張は受け取ったので、その系譜の末席に連なる者としては、なんとかその意思をくみ取ってみたいと思います。

 鍵となりそうなのは、形を正した後に自然に精神を養っていくのが日本武道の根本的方法であるということが、學(おそらく学問を指しているのでしょう)と読書とどう繋がっているのか?というあたりにありそうです。

 ここまで考えが至ったとき、ある書籍で目に触れて印象に残っていた一文が思い出されました。
 それは幕末の偉大な農政家で教育者もであった銅像でもおなじみの二宮尊徳(金次郎)の言行を纏めた『二宮翁夜話』のなかの一節です。長くなりますが、現代語訳で一節全文引用します。

六二 書物は水の如し 
 「翁はこう言われた。大道は、たとえば水のごとくで、よく世の中を潤して滞らないものだ。それほど尊い大道も、字に書いて書物にするときは、世の中を潤すことなく、世の中の役に立つこともない。例えば水の氷ったようだ。
 もと水であることに相違ないが、少しも潤さず、水の用をなさない。書物の注釈というものは、また氷に氷柱が下ったごとく、氷の解けてまた氷柱になったのと同じで、世の中を潤さず、水の用をなさないことはやはり同じだ。
 さて、この氷となった経書を世の中の用に立てるには、胸の中の温気(暖かみ)をもってよく解かしてもとの水として用いなければ世の潤いにならず、実に無益のものだ。氷を解かすべき温気が胸中になくて、氷のままで用いて水の用をなすと思うのは愚かの至りだ。
 世の中に神・儒・仏の学者があって世の中の用に立たないのはこのためだ。
 それゆえわが教えは実行を尊ぶ。経文といい、経書といい、その経というのは、もと機の竪糸のことだ。されば竪糸ばかりでは用をなさぬ。横に日々の実行を織りこんで初めて役に立つものだ。横に実行を織らず、ただ竪糸ばかりで益のないことは、説くまでもないことだ。
(中公クラシックス『二宮翁夜話』 児玉幸多 訳 から読みやすさの便宜のため段落わけをしました)」

 今回あらためて読んでみて、初めて読んだときよりも、より強く型稽古のことを言われているようだという感を強くもちました。

 師や諸先生がたが活きた形(かたち)として形(あら)わしてくれた技の数々も、我々が学び取ろうと何とか頭と体に写し取った段階ではただの写本のようなもので、それは師や先達の技を真似ただけの二宮翁の言うところの氷柱のようなものなのでしょう。

 私がカタ稽古を形稽古と表記せず型稽古と書くのには「受け取ったままの情報媒体・テキストとしてのカタはまだ形として用をなさない型である。また活きた形を稽古しているつもりになって慢心しないよう、常にいまだ形に至らずという用心(二宮翁に言うところの胸中の温気)をもって稽古にのぞみたい」という意味を込めています。実は『二宮翁夜話』のこの一節は私が型稽古の表記を用いる一つのきっかけになった一文でもあります。

 私はときどき【型を読む】といった言い回しをしますが、どのような流派でも正当な武道の型は、一読を流し読みしてなんとなく内容が理解できたかのように思わせる解説書のようなものではありません。
 それこそ座右の書のように常に傍らに置いていつでも読みたいときに繰り返しくりかえし読むものです。
 座右の書とはただ文字面をなぞるように読むのではなくて、色々と疑問や課題をぶつけて読んだり、あるいはそのときの自分の悩みや不安などを投影して読むことで新たな発見や学びに出会える書物のことです。そうして得たものを胸におさめて日常生活にもどり、また悩んだり不安に駆られたり課題ができたときにまた読んで、新たな力が得られるような書物のことです。

 実行という横糸と、教えという竪糸(縦糸)を織りこみ繰り返していくことが人間としてのあるべき営みだというのが二宮翁の思想でもありますが、平田師の言う武道の修練を実行の横糸に見立て、學(学問)は教えの竪糸であると見立ててみれば、なかなか我田引水の気配もありますが「讀書と研武は一もつて貫かれてゐた」という主張もすっきりと腑に落ちてきた感じがしています。
 二宮翁の報徳教も平田師の皇法医学も根源的なところで「真っ当な真人間としていかに活き、いかに生活を営んでいくべきか?」という同じテーマをもっていますので、あながち間違いではないと思っています。

 皇法医学の系譜を継ぐ八光流柔術の一実践者として、武道と学問とが背く処なく一をもって貫いている遥か遠い境地を目指して、あきらめずに焦らずゆっくりと型を座右の書として携えながら歩んで行きたいと思います。

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テーマ:武道・武術 - ジャンル:スポーツ

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