続・八光捕のこと1

 この【柔術みちしるべ】をスタートさせた三年前にも【八光捕のこと】として取り上げましたが、年も新たになったことですし初心に帰るつもりでまた八光捕についてもう少し詳しく述べてみたいと思います。

 まず知ってほしいことは「八光捕とは○○のための技である」と決めつけるのが難しいということです。学ぶひとのレベル、学習の深度によって○○に入る言葉は随時変わっていきます。例えば護身術講座に参加されたひとや体験入門されたひとにとっては「手解きのための技である」という認識で十分でも、本格的に入門すれば、「力を棄てる(抜く)ための技である」になったり「正しい姿勢をつくるための技である」になったりします。

 八光捕はシンプルな行為であるぶん自身の課題が顕著にあらわれるので、学習が進むほど八光捕に立ち返って自らの課題に気づき新たな取り組みのきっかけになることから、いつまでたっても八光捕を卒業できるということはなさそうです。

 初心者にまず求められる「手指をぱっとひらく(八光にひらく)」という要点は熟練者になるとさほどこだわらずともよくなるものですが、初心のできるだけ早いうちにぱっとひらくことが習慣化することが望まれます。

 しかし、少なくない人達にとって手指をぱっとひらくことが、力を棄てる(抜く)という行為と相反するものになるというもどかしさをともなうことがあります。

 そういった場合は、まず力を棄てることは後回しにして多少力んだとしても、手指をぱっとひらくことを優先したほうが良いと考えられます。物理的・精神的にもプレッシャーのかかり興奮すると、普通は手をぐっと握ってしまうのが生理的な反応ですが、そこで逆にぱっと手をひらく練習を積むことは八光流を活用した護身モードに心身のスイッチを切り替える効果もあり大事なことになります。

 皇法医学の祖、平田内蔵吉師の言うところの「先ず形を正し後、自然に精神を養って行く」と同じ様な意味で、相手と力で対抗しないぱっとひらく手の形に引っぱられる様に気持ちの面も対抗ではない柔術の心持にだんだんと近づいていくことができます。

 その後からあらためて力を棄てることに取り組んでも遅いということはありませんので、焦らず欲張らず、まずは単純な手解きレベルからで十分なので手指をぱっとひらくことを習得し習慣化してしまいたいです。

 また、この八光捕のときのぱっとひらいた手が、当身や払いのときの手刀の形と感触のもとになりますから、護身術として活用することを目指すなら絶対にとりこぼしできない基礎になります。

 ある名人の先生曰く、「相手が空手・拳法・何流だろうと、うちらは(手をぱっとひらいて)コレでやり合うんだよ。だから絶対にコレを忘れてはダメだ」とおっしゃいながら、そのぱっとひらいた片手だけでポーンと投げ飛ばされたとき、当身だけでなく投げその他のもろもろの行為なかで、八光捕で培った手がいかに活用されているかということの一端を教えていただくことができました。

 手指をぱっと八光にひらくことが習慣にならないまま先のことを学んでも、結局ひらくことからやり直しになってはなかなか面倒な手間になりますから、意識せずとも自然にぱっとひらけるようになることを目指すのが最優先の第一歩になります。

 そうして習慣化して手指をひらく感覚が定着してくると、見た目にはひらいているように見えなくても、ひらいているのと同じ効果と働きを生み出すようになります。

 次回以降いつか、そのあたりのことも少しだけ触れられたらよいかなと思います。

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