【柔術みちしるべ ~姿勢と技2~】

【姿勢と技2】

 初代奥山龍峰宗家は著書『皇法指圧治方学』の【活きている恩師言行録】の項で平田内蔵吉師について、「本書には教えられた理論の大部分を先生直弟子として継承するつもりで述べた」と断言するほど、皇法指圧および表裏一体の八光流柔術には初代宗家が平田師から理論・実技・思想にいたるまで影響を色濃く受け継ぎ工夫発展させたものだということは、両者の著作を照らし合わせて読めば疑いようがないと思います。

 その平田師の身体観について、著作を読んでいていて強く感じることは『和魂洋才(わこんようさい)』という一言につきます。

 平田師がいうには、人間には動物性意思『意思』と植物性意思『情緒』があるとしていて、平田師の人間の心身に対する考察を読み解いてみると、『意思』では科学的に西洋医学の解剖学や運動学などをよりどころに万民平等の人体のしくみを解き明かそうと尽力しつつも、『情緒』の面からは「右より」ともいえるほど強固な日本人意識というか、大和魂とよぶのが似合うような強い日本人としての矜持があるように感じられます。

 そのような人物による成立過程をへた皇法医学における身体観では、西洋医学の影響もあり江戸時代以前の古武術の身体観とは一新されている面があります。

 そのひとつが、姿勢と目付をゆるゆるだらりとしないということです。

 ゆるゆるだらりを有効に活用できるのは、江戸時代以前の古武術的な着想においての話です。
 
 八光流柔術の姿勢の面では『洋才』の影響で、江戸時代以前の日本人の身体常識に基づいている古武術よりも、ずっと現代の私たちには学びやすくまた修得しやすいものになっています。 

 また、技とメンタルの面では型でもって学習し伝承していることとして『和魂』が色濃く現れています。

 八光流柔術は心技体を型稽古でもって学んで修得し、錬磨していくのであって、柔術の技のため、力を棄てるために型とは別にトレーニングやボディーワークを取り入れようというのは本来の上達法ではありません。

 技が想ったように効かないと、ついつい自分の身体操作が悪いのか?とか、体幹が弱いのか?とか、メンタルが乱れているのか?などと原因を探ってそこを別個に集中的にトレーニングして補強したくなりますが、往々にしてその試みは上手くいかないものです。

 皇法医学では心技体が過不足なく整っていることを「肚(はら)ができている」とか「腰腹同量の中心力」ともいいますが、初代宗家は「この境地に尤も入り易いのは、柔(やわら)八光流の習技に限る」と述べています。

 八光流柔術のために姿勢を整えたり力を棄てるトレーニングをするのではありません。

 八光流柔術の技・型を稽古すること自体が、姿勢が整い力を棄てた肚のできた身体になる方法だということを知っていてほしいと思います。

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テーマ:武道・武術 - ジャンル:スポーツ

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