型は変遷する3

 型をまた違ったたとえで言えば「先人の技を学ぶために編纂されたテキスト」だと思います。
 時代の背景や学ぶものの理解度によって、つねに加筆・整理などがなされて改訂されつづけています。
 かように型や技というものは変遷することが宿命のようなものですが、だからといって新しいものだけに取り組んでいればよいと考え、古いものを無視し、あるいは否定し、あるいは捨ててしまうのは間違っていると思います。

 また、私は今様の本部の型を稽古している他に、ご縁あって師匠より学んだ戦時中の型に始まり、他の古参の先生方から昭和20年代から30年代の型(戦後初期の技)や昭和40年ごろから50年代の型、そして皆傳技・三大基柱が制定されて後の型までを、それぞれ折に触れご指導してしていただく機会を得ることができましたが、それらをテキストの改訂の経過の歴史として自分の内で整理した結果、「どこか一つの時代の型(テキスト)や、あるいは一人の技だけをもっとも正しいとしたり、もっとも強く優れているなどど想定することは不毛なことだ」という想いにいたりました。

 学んだ型の全ての感想をひとつひとつ個別に述べる力はありませんが、とにかく八光流柔術としての確固たる核は共通していながらも、それぞれの趣があり、有効な理合を含んだものでした。どれかだけを残し、残したもの以外を捨ててしまうのはあまりにも惜しいと感じます。

 幸いなことに、八光流の支部道場では多様な時代や先達の古い技・型を継承し稽古を続けておられる師範達がおられます。
 古いものを当時のまま指導される師範もいらっしゃいますし、古いものを受け継ぎながら今様の型をもちいて指導される師範もいらっしゃいます。どちらタイプのの師範にせよ、交流してみると型(テキスト)の読み解き方にそれぞれの趣があり「なるほど、そう読み解くのか!」とたいへん良い刺激をいただけます。

 そのような師範達は、自分自身が学び受け継いだ技・型を大切にしています。
 あたりまえのことですが、自分の大切なものを誰かとシェアするのであれば決して雑にはあつかいませんので指導するのもとても丁寧で慎重です。
 結果、師からの型(テキスト)を受け継いだという責任感がある指導者の道場は門人生徒さん達の意識や技量の質も全体的に高く、よい環境で稽古に励んでおられます。

 そういったさまざまな師範達や支部道場と交流を重ねていると、遠く離れた土地で本流以外にもそれぞれの系譜や趣を受け継ぎ伝え残すべく奮闘されている仲間達がいることに、たいへん勇気づけられます。負けずに文武塾道場でも切磋琢磨していかねばと気持ちも引き締まります。

 私の経験では、もっともスタンダードで汎用性の高い本部の今様の型を修得しなおしていたお蔭で他支部の師範との交流でうろたえることがありませんでしたし、その読み解き方を理解する助けにもなりました。文武塾にも中村泰峰先生から受け継いだ独特の趣のある型がありますが、これを読み解き修得するにも今様の型が役にたちます。
 
 ただし、あくまでも泰峰伝の型はアドバンスあるいはバリエーションとして、一般技を全て修得した門人で、あえて希望する者のみにお伝えするつもりです。今様の型を修得することが最優先課題になります。

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テーマ:武道・武術 - ジャンル:スポーツ

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